『闇無サンと夏期講習サボってランデブーはいかが』
そんなメッセージを抱いた紙飛行機が携帯の画面を飛んでいく。
全くもって銀誓館の方針はヨクワカラナイ。
かんかんかん、と安っぽい非常階段が甲高く鳴る。
非常口の重い扉を汗ばんだ掌で勢い良く押しのければ、見えてくる空の綺麗な屋上。
そしてわたしはおや、と片眉を上げた。
見知った先客は柵に寄りかかって、惣菜パンとパックジュースで昼食中だった。
此方に視線を遣ると凄く微妙そうな表情になったので、とても良い笑顔を返して差し上げると、くるりと背を向けて夏の青空に向かう、きっと露骨に嫌な表情をしているに違いない。
「灰那さんもサボタージュ組です?」
「…何ですかサボタージュって…」
やや呆れたような半目で言葉を返してきた灰髪の少年に、わたしは「嗚呼、そんな事も知らない相手に陽は定期テスト2敗1引き分けの結果を残したというの…!」と嘆かわしげな声を張る。
「サボタージュとはSlowdown、要は怠業のことですよ」
「…要するに、夏期講習サボり、と」
「そゆことです」
「…言っておきますが私は、今日と明日の講習の範囲と課題をさっき終わらせた所で先生じきじきに休憩の許しを貰ってきたんですよ。サボタージュさん。」
惣菜パンを味わうでもなくさっさと口に押し込む様にカチンときたので、ほほーうソッチはどうなんですかニヤニヤ、絵画みましたよ絵画にーやにーや。今度本当にタイマン張りましょうか、手加減抜きで。みたいな生産性の無い口論をしてから、そういえば、とポッキーの袋を開けながら呟いて、つかぬことをお聞きしますけども、と前置きをしてから後方に質問を投げた。
「灰那さんはアレ、どうするおつもりです?」
「…エレインの処遇、ですか?」
「そうそう」
話が早くて助かりますよー、と唇にポッキーを挟む。
「ああ、…私は今回、ノータッチになるかもしれませんね」
予想外の更に外周な返答に、齧っていたポッキーを取り落としそうになり、慌てて逆手に持ち直す。
「灰那さんが学園のことにノータッチだなんて珍しいこともあったモンですね」
「…今回の投書、私が正直に思う所に投書した所で、大多数の意見は決まっている様なものだと思っていますから」
「えー、陽にはわかんなーいッ」
腹の底から裏声で返してから、「…ま、そうですよね。3番目に落ち着くんじゃないですかね、銀誓館は優しいひとばっかりだから」
ヒトの命がかかってるんだからそれもそうか、不用意にショケイを選ぶひとはいないでしょうしね。
言って、ぱきん、とポッキーを折る。
「…無策で逃がす事の方が、『不用意』って言葉に相応しいんじゃないですかね、この場合。
エレインを逃がせば、吸血鬼側に学園の場所を知らせることになりますし…それにもし学園が襲われたら、一番困るのは一般生徒ですよ」
「…確かにどっちも『不用意』に足りるモノですけど」
と、わたしが返せば、それにと灰那さんがストローを食む。
「それに、エレイン…来訪者は人間じゃないですよ、いわば『別の次元から来た生命体』ってだけですし」
ナイトメアに至ってはヒトの形すらしてませんでしたしね。
それもそうだ。
でも、みんなまるで人殺しレベルの騒ぎ。
これが人間の形すらしていないナイトメアだったら、こんな騒ぎにはならない筈。
何故か?考えるまでも無い、それはエレイン嬢が『ニンゲンみたいな感じ』だから、だ。
まぁ、とわたしは一息置く。
「同じ吸血鬼のアル君も、ヒトガタしてますしね」
「…そういうのが嫌なんですよ、本質を見ない、外見だけで、表面だけで判断する」
相変わらずの平坦な声音で、淡々と語られる事実に、わたしは肩を竦めて「…鳥の死に涙して魚の死に涙なしとは良く言ったモンじゃないですか、今更ですよ」
と、そう返し、ねー、と灰那さんではなくて、肩の揺ちゃんに同意を求めると、タイミング良く揺ちゃんの触角がまるで頷く様に風にさらわれて揺れた。
まぁ喰えよと冗談めかして開けたポッキーの袋口を傾けると、当たり前の様にポッキーの袋ごと持っていかれた。
…まぁそれは、やや苛ついてる今の灰那さんに返却要求をする度胸も、暑さの所為で元気もあまりなかったのでそのままにしておくことにして。
「でも、不思議」
ほんとうに、心底解らない。
「みんな、エレインさんからの反撃とか、どうとも思ってないのかなぁ。『その反撃』で、大好きな誰かが、或いは自分が、ウッカリ殺されるっていう可能性なんて、ビビりなわたししか考えていないのかしらん」
死への緊張感が、覚悟という気持ちで抑えられてるとしたら、平和も平和な日本の中で、こんなに異常な場所は無い。
「…銀誓館は、覚悟を持って入学すべき所ですから」
「――…ですか、ですねえ…」
今更兄を追って何の考えも無しに入学したとは言えず、自分から振った話題を自分で適当に収集しつつ、わたしは「とりあえず幽閉でいいんじゃないかなー」とわざとらしいくらい軽い声を上げた。
「…まぁ、妥当な所でしょうね。私も投票するとしたら幽閉でしょうし」
「それにホラ、メリットは少ないけど、デメリットも少ない気がしますよ」
鉄柵の上でざりざりと書き上げた投書の意見は、自分なりに良く出来たものだった。
どんな意見を提案したんですか?と覗き込んでくるのを華麗にかわしたところで、鞄から伝わる微細な振動に、わたしはナイスとにんまりした。
「おおっと、そろそろあでうーしないといけませんね」
「講習、戻るんですか?」
意外そうに眠そうな目を開いた灰那さんに、まさか、とわたしは笑って蓋のランプが点滅する携帯を開いた。
「コンクリ色の数式を頭に詰め込むより、サボタージュな幸福でしょう」
要は講習サボって遊びに行くと言う事です、相手は察しろ。
背に追いつく溜息に、「ポッキーは後日ハコで返してくださいね!」と非常扉の所で振り返る。
そして指に挟んだ投書を、それじゃあまた、どうせ縁があることでしょうと翻した。
04 | 2024/05 | 06 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
***
メセ*taratta-rattatta.i@hotmail.co.jp
御知り合いでしたら登録は御自由に、事後挨拶よろしくなのですよ。
主に後ろの電波塔がしゃべくります。