ですから、と前置きをして、やや骨ばった指が、教科書にごちゃごちゃと並んだ数式のひとつをなぞった。
「で、此処でXに2を代入して――…」
「やぁね、そのくらいわかるってば、年上なめんな」
「いやだからボクに聞くこと自体が間違ってるんですってば…」
困ったように抗議してくるのを、仕方ないじゃない、とわたしは唇を尖らせた。
「全て数学がイミフなのが悪いのよ」
「夏期講習、数学の時間をサボタージュしてばっかいたのが悪いんでしょう…イテ!」
ちゃぶ台の下で足の甲を的確に蹴っ飛ばしてから、わたしはオレンジジュースのボトルをカップに傾ける、オレンジ色の液体がカップの半ばを過ぎた辺りでボトルをちゃぶ台の上に戻し、前回の数学のテスト用紙を広げて溜息を吐いた。
「なんかね、アレなの、いつもケアレスミスばっかなの」
ボトルのキャップを締めながら「興味無いから集中力が切れるんじゃないですかねぇ…」とぼやきつつ愛ちゃんがテスト用紙の赤い点数を眺めた。
「でも今回ばっかりはマズイのよ」とわたしは置いて、問題のテストの上に頬杖と二度目の溜息をついた。
「今回数学赤点のテスト持って帰ったらそれこそ地元のガッコに通えとか言われちゃう」
ええ、それはタイヘンですね、頑張らないと、と大して問題でも無さそうに愛ちゃんは声を上げてから、「それじゃ、次の問題、解いてみましょうか」とページをめくった。
テスト範囲の例題を全てやり終えてから5回目の『ちょっと休憩』を挟むと、そういえば、とわたしは切り出した。
「愛ちゃん、自分の勉強は?」
「ひひ、ボクは普段から勉強しておりますしね、地歴の類は教科書めくるだけで」
数学ってパズルみたいなものですよ、コツさえ掴めば楽チンですよ、とクッキーに手を伸ばすのを眺めながら、「地歴だって覚えるだけじゃない、そっちのが楽じゃない?」わたしは言って、バタークッキーをキープした。
「教えてあげよっか、地歴、数学付き合ってもらったし」と、高1の頃の地歴の教科書を引っ張り出そうとすると、「ヒッ!」という上擦った笑い声と共にはっしと手首を掴まれた。
「そんないいですよ、嫌だなあ陽嬢。ボクと陽嬢の仲じゃないですか、お礼なんて良いですよ、ホントに!」
「そんな遠慮しないで、いやあね、愛ちゃんとわたしの仲じゃない、猿人類からオイルショックまで、みっちり叩き込んでアゲル」と、既に視線が玄関に向かっているのを全身で遮って、無理矢理ちゃぶ台へと着かると、いやですからボクがダメなのはどちらかというと世界史・・・と愛ちゃんは二言三言、口ごもってからきりりと背筋を正し、「ボクは歴史に興味が無いのでやりません」と珍しく主体性のある抵抗を見せた。
「…あらそう、それはたいへんね、はい、あーん」
取り敢えず片手間にクッキーを反抗的な口に放り込んで黙らせた。
「えーっと、じゃあ此処、こうなんだけど、わかった?」
「はぁ、そうですか、ウン、それは知りませんでした…」
返ってくる生返事の返事の代わりに再度足を蹴っ飛ばす。
「ねえ愛ちゃん、やる気あるの?」
「だ、だって…歴史とか…興味無い…」
「…あのね、愛ちゃん?」
ニコ、と頬の筋肉が動いて笑みが深まるのが自分でも解った。
「興味なくてもやらなきゃいけないのが勉強でしょう?」
「は、はあ…そ、それは…わ、解ってますけども」
視線を空中で泳がせながら愛ちゃんが応じる。
「愛ちゃん」
「…ハイ」
声音だけは穏やかに名を呼べば、微妙に畏まり、此方の顔色を窺いつつの返事が返ってくる。
折角なので口元を緩めつつ目を細めておいた、正面どころか傍目から見ても目が笑っていないのが良く解るだろう。
「今回歴史80点以上じゃなかったときの罰ゲーム、何が良い?」
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